【考える葦】

某男性アイドルグループ全活動期メンバーで、左利きな彼(稲垣吾郎)を愛でる会

映画『半世界』感想

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映画『半世界』は沖山瑛介の再生物語だ。
2013年の『人類資金』でニューヨークやタイの僻地、ウラジオストク。2016年の『団地』で宇宙。そして2017年の『エルネスト~もう一人のゲバラ~』でキューバとスケールが大きな映画に取り組んできた阪本監督。
その反動で日本の地方都市にある市井の物語に戻りたいと願った阪本監督が元自衛隊員の沖山瑛介を主役に置き、グローバルな視点から社会問題を問うのではなく、日本のとある田舎に住む炭焼き職人の高村紘という不器用だがごく普通の男を主役に、その小さな世間から問いかける物語だからこそ、この映画の何とも表現しにくい、でも確かに後々まで響く余韻を作り出したのだと思う。

 

【あらすじ】
「こんなこと、ひとりでやってきたのか」
山中の炭焼き窯で備長炭を製炭し生計を立てている紘は、突然帰ってきた、中学からの旧友で元自衛官の瑛介から、そう驚かれる。何となく父から継いだ紘にとって、ただやり過ごすだけだったこの仕事。けれど仕事を理由に家のことは妻・初乃に任せっぱなし。それが仲間の帰還と、もう一人の同級生・光彦の「おまえ、明に関心持ってないだろ。それがあいつにもバレてんだよ」という鋭い言葉で、仕事だけでなく、反抗期の息子・明に無関心だったことにも気づかされる。やがて、瑛介の抱える過去を知った紘は、仕事や家族と真剣に向き合う決意をするが――――……。

 

かつての幼なじみである瑛介という非日常に身を置いていた男が、ささやかな営みが繰り返される生まれ故郷に帰ってきた。両親をすでに失った地に、自衛隊を辞め、妻と別れ、子どもとも惜別した男の突然の帰宅。確かに瑛介は異質な存在を醸し出してはいるものの、だからといっていきなり彼にこれまで何が起こり、そしてどうなったのかを問うでもなく、大人としての距離を保つ彼らに突飛な出来事が起こるはずもない。
目の前にあるのは淡々とした日常だ。
それは紘の炭焼き職人としてのルーティンであり、光彦のルーティンでもあり、小さな田舎町の変化のない日々の暮らしでもある。
その幼なじみゆえの強引さに誘われた日常が、頑なだった瑛介の心を取り戻しつつあったが、根本的解決がなされていない以上、不穏な空気を抱いたままの彼の問題はある日突然に噴出する。

 

「おまえらは世間しか知らない。世界を知らない」
とは瑛介の言葉だ。それに紘は「そんな難しいこと言うなよ」とその場では答えていたものの、後日、瑛介に再会した彼は言う。
「こっちも世界なんだよ。いろいろあんだよ」
これがこの物語だ。

 

彼らが抱えている悩みは確かに世界からすれば小さい。
紘は父親に対抗したいがために継いだ炭焼きという仕事が先細りとなり、少しずつ、少しずつ取引先を失っていくし、新たな営業も上手くはいかない。家庭では息子に対して無関心で、その息子は反抗期だし、学校ではいじめにあっている。
でもその世間は間違いなく世界の一つだ。
だからといって劇的に変わることもなく、その変化は瑛介という異分子の出現によって緩やかに、でも少しずつ変化を見せていく。

そんな淡々とした営みの中、突然の非日常が訪れる。それは確かにいきなりのことかもしれない。だが、私たちは知っている。
小さな営みの中に突如として襲う悲劇があることを。
物語は99%の市井の人々を描きたかったという阪本監督の言葉どおり、ごくごく普通の生活であり、人々だ。だから登場人物の誰かしらに共感するし、起こる出来事が身につまされる。

 

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その小さな物語を支えているのは丁寧な人物描写だ。安易に過去を回想するでもなく、過剰な言葉で表すでもなく、かといって不足するでもなく、一つ、ひとつのちょっとした仕草に登場人物の性格を垣間見せ、物語に奥行きを見せる。
例えば吾郎さん演ずる紘という男は家に入る前にはズボンを叩いて埃を落とし、食べたら布巾で口を拭い、みかんはすじを取って食す。仕事に入る前の行動はルーティン化しており、急いでいても倒れている自転車は元に戻し、信号のない道路を渡る際もきちんと左右を確認するような男だ。
でも同時に酔って面倒になれば風呂に入ることもなく、着替えることもなく寝ようとするところもある。
そんな紘に内心憤りながらこちらも着替えず、横になった初乃が仏壇の電気を切ってとお願いすれば、彼女の身体を踏みつつ跨ぐ紘に怒るでもなく、受け入れる初乃に、二人の間ではそういった行動はごくごく普通の出来事なのだと知らしめる。憤りつつ、受け入れる。それは夫婦にとって当たり前の営みなのだ。
そういった何気ない行動や仕草に登場人物が見えてくるのが面白く、かつ何度観ても新しい気づきもあって飽きさせない。
紘、瑛介、光彦の3人もそうだ。3人でいるときの関係と、紘と瑛介、瑛介と光彦、紘と光彦と2人のときではちょっとしたパワーバランスが垣間見られ、それを想像するのもまた面白い。

 

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何より監督のオリジナル脚本は一人、ひとりをあて書きした分、役者がとても生きている。紘は炭焼き職人として武骨な不器用な普通の男を。瑛介は神経質な心持ちを、そして狂気となって一気に爆発する様を。光彦は紘と瑛介の間を取り持つ三角形の支えを。
三者三様だがこれ以上ないほどの見事なキャスティングで、まずこの三人を田舎の幼なじみに選んだことが素晴らしい。
酔っぱらった三人による海辺のシーン、そして紘と瑛介の二人だけだが車で移動中に結婚する予定の光彦の姉・麻里を見つけ、話しかけるシーン。久々の再会に時を感じ、ぎこちなかったはずがかつてのやんちゃだった時代にあっという間に戻れる彼らが愛おしい。この物語だけでこの三人が終わってしまうのが惜しいほどだ。
出来るならばこの三人を他の物語でまた見てみたいと思わせるほどに彼らが持つ雰囲気がとても良い。
そしてこの物語になくてはならないのが池脇千鶴さん演ずる初乃で、くたびれた主婦を、母を、妻を、そして女を見事なほどに演じている。まず彼女がいれば、その作品に外れはない。その感想は今回も外れなかった。
息子の明を演ずる杉田くんの目もいい。さらには彼らを取り巻く石橋蓮司さん、小野武彦さんと芸達者な役者は言うまでもなく、ピンクの電話竹内都子さん、牧口さん、信太さん、堀部さん、菅原さんと登場される役者さん全員を愛しいと思える映画も稀有ではないだろうか(あ、いじめっ子がいたw)

そして冒頭に書いたようにこの物語は瑛介の再生物語である。その横軸として高村家があるためどうしても物語のキーパーソンは瑛介と初乃&明が中心となってしまうが、監督のインタビューにある
「映画の主演俳優を、皆さんはピッチャーだと思っているじゃないですか。それは全くの間違いで、主演俳優はいろんな個性を持つ俳優さんを相手に、来たボールを受けては返すキャッチャーなんです。そして、稲垣君はそれが出来る人
AbemaTIMES
この言葉をしみじみと実感できる演技であり、映画だ。もちろん、これからも役者としてさらなる高みを目指していってほしいし、それが出来る役者さんだろうとも思っている。まずはそのための新しい第一歩を知らしめるための映画としては最高の舞台だったと阪本監督には本当に感謝しています。

 

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オールロケの三重・南伊勢町にあるのどかだが美しい景色も、そして紘の仕事の炭焼きで起こされる火や、炭の澄んだ音が原風景にある情緒をより醸し出し、物語を色づけていく。
映画という平面がどこか感じさせるぬくもりや匂いで立体的になり、観ている私たち側もスクリーンの向こう側であるかのような錯覚を覚える。
小さな市井の問題。だがそこに映し出されるものは間違いなく日本らしさ、そして日本映画らしさだ。出来ることなら、この映画こそ大きなスクリーンで、素晴らしい音響の映画館で観てほしい。
もちろん、100人いれば100通りの見方があるだろう。私が感じたものを、また今、これを読んでいるあなたが感じる保証はない。だがそれもまた一つの世界だ。
観終えた人々が感じるものがどういったものかはわからないが、ただ一つ、映画館を出た後は世界がほんのちょっぴり美しく、愛おしく感じることだけは間違いないだろう。 

 

映画『半世界』FILM PARTNERS
監督&脚本:阪本順治

製作総指揮:木下直哉
エグゼクティブプロデューサー:武部由実子
プロデューサー:椎井友紀子

出演者:稲垣吾郎長谷川博己/渋川清彦/池脇千鶴/杉田雷麟/竹内都子菅原あき/牧口元美/信太昌之/堀部圭亮小野武彦石橋蓮司/他
配給: キノフィルムズ
制作国: 日本(2019年)
上映時間:120分

 

f:id:kei561208:20180206235217j:plain 映画『半世界』各種映画評 

お口直し用にちゃんとした映画評も置いておきますのでご覧くださいませ。

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