読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

- 考える葦 -

某男性アイドルグループ全活動期メンバーで、左利きな彼(稲垣吾郎)を愛でる会

『鬼才 五社英雄の生涯』と『ゴロウ・デラックス』

2017年2月2日放送の『ゴロウ・デラックス』第236回目のゲストは、日本の映画史・時代劇研究家である春日太一さん(39歳)

日本で一人だけの時代劇研究家である春日さん。吾郎さん自身も時代劇には何作品か出演されていますが、その中でも有名なのが三池監督の「十三人の刺客

春日さんもこの映画の吾郎さんについては“とても評判がよかった”とお褒めの言葉を。外山さんもその作品はよく褒められますねと吾郎さんに尋ねれば、“芸能生活やってて一番褒められたの「十三人の刺客”だったと。

実際、この映画が成功したのは、吾郎さんの明石藩主松平斉韶という人物が残虐非道だからこそのクライマックスにおけるカタルシスに繋がるわけで、闇が闇として輝けば輝くほど、そのカタルシスは強まり、観客の満足度になったと思っています。 

 

十三人の刺客 通常版 [DVD]

十三人の刺客 通常版 [DVD]

 

 

春日さんは幼少時から父親の影響で「七人の侍(監督:黒澤明)」などの映画が大好きだったそうで、それが高じた結果、日本大学藝術学部放送学科に入学、大学院では時代劇を研究するために京都・太秦撮影所に半年住み込み、スタッフと寝食を共にしながら徹底的に取材されたそうです。

その取材の最中、当初は邪魔者扱いにされていた春日さんですが、熱心に取材をしていくうちに打ち解けたスタッフから古い台本など、今となっては貴重なものを段ボール10箱分ほどいただいたそうな。その中には吾郎さんも演じた「十三人の刺客」1963年版も。特にテレビの初期というのは生放送だったり、映像が残されていなかったりで台本でしか知ることができないドラマもあったりするので資料としても大変貴重なものなのです。

そこで時代劇に命をかけるスタッフの情熱に衝撃を受けた春日さんは、自身の取材を元に本を出版。評判に今やその出版物は10冊以上にもなります。本日の課題図書はその全作品を通し、名前が出てこられる監督“五社英雄氏”の生涯を描いた

 

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

 

 

五社英雄氏(1929年~1992年)は時代劇や任侠物を得意とした日本映画にその名を刻む名監督の一人。亡くなった際の葬儀では多くの俳優がその死を悼み、人柄に慕われていたのが伝わってくる一方、1980年に銃刀法違反の容疑で逮捕されてしまうという彼の映画に負けず劣らずの波乱な人生を送った五社氏。

例えば伝説となっているエピソードの一つとして、映画『陽暉楼』が始まる前に諸事情によってテレビ業界を離れ、映画業界で生きていかねばならなくなった五社氏。これからは「一切組織に頼らず生きていく」覚悟に背中に彫り物を入れるという行動を。まさに吾郎さん曰く、“生き方が何もかもが極端”な人だったのです。

そんな五社英雄氏の人生に惹かれた春日さんについてを吾郎さんが朗読。

 

 

五社は作品を通してだけでなく、常日頃から、いかにして周囲の人間を楽しませるか。そのことだけを考えてきた。そのために彼は、自らの人生をも脚色していたのだ。

これは、そんな「全身エンターテイナー」とも言える男の、虚実ハッタリ入り混じった生涯の物語である。

               『鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)』より一部抜粋

 

 

五社氏は1929年に東京に生まれ、1954年にはニッポン放送へ入社、1958年にはフジテレビの誕生に伴い、フジテレビへと出向し、演出家の道へと進みます。そこには黒沢明監督への強い憧れが。当時は黒沢監督が「隠し砦の三悪人」や「七人の侍」といったもの凄い迫力のあるアクション時代劇で革命を起こしている最中で、自分もああいう演出をしてみたいと強く焦がれたそうです。そのフジテレビで演出するにあたり、実は1963年の「三匹の侍」のときの五社氏は演出や金額面で無茶をするために企画が通りにくくなっており、そのため企画を通し、撮影を許可してもらうためには第一話を撮ってスポンサー向けに試写を行い、スポンサーがつけば連続ドラマ化されるシステムを取っていました。ですが、周囲にはモチベーションを保つために連続ドラマであると嘘をついて演出をしていたと。実際にスポンサーがつき、連続ドラマ化され、最高視聴率は42%を記録した作品となったので問題はなかったものの、万が一スポンサーがつかなければ、その地点で五社氏の演出家としての人生は終わってしまっていたかもしれません。

その「三匹の侍」人気に翌年の1964年には映画化。実は五社氏はテレビ局員として初めて映画を撮った人でもあるのです。当時はまだテレビは設立されたばかりで、力関係といえば映画のほうが強く、京都の松竹撮影所は五社氏にとってはアウェーな場所でした。反発ばかりの最中、伊達男として毎日白いスーツで登場していた五社氏。立ち回りも激しく、演出すれば白いスーツは泥だらけになり、水たまりを女優さんが歩こうとすれば、濡れないよう自分の白いスーツのジャケットを水たまりの上に被せ、その女優さんを歩かせたり、でも翌日になればまた綺麗な白スーツを着てきた五社氏。毎日、毎日それを繰り返すことでハッタリをかまし、白いスーツを汚しながらも一生懸命に撮影する監督の姿にスタッフも次第にこの人は本物なのだと認め、最終的には打ち上げの席で肩を組みながら演歌を歌ったという逸話も残っています。

そんな五社氏が使う殺陣は、今となっては当たり前のようにある刀が合わさる音、あれを導入させた画期的なものでもありました。

三匹の侍」を成功させた五社監督は、1969年の年間興行収益ランキングではトップ10内に第4位「人斬り(大映)3億5000万円」、第6位「御用金(東宝)2億5000万円」と2作品をランクインさせる快挙を成し遂げます。しかし1970年代から五社氏は仕事や家庭にトラブルを抱え、さらに1980年には知人男性から預かった拳銃を不法所持していたということで銃刀法違反で逮捕され、フジテレビを辞めさせられてすべてを失ってしまうのです。

そんなボロボロになってしまった五社氏ですが、活動再開第1作として1982年に

 

鬼龍院花子の生涯 [DVD]

鬼龍院花子の生涯 [DVD]

 

 

大正、昭和の高知を舞台に、侠客鬼龍院政五郎(通称・鬼政)とその娘花子の波乱万丈の生涯を描いた作品を映画化することに。人生のどん底を味わった男の復帰作品ということで並々ならぬ覚悟で映画に挑んでいた証拠として、残された撮影台本には荒々しい気迫ある字でいろんな書き込みがなされていました。ただ、クランクイン前にヒロインである松恵役のキャスティングに難航してしまいます。そこである女優さんとの運命的な出会いがあるのですが、その部分の朗読を外山さんが。

 

 

ある夜、五社の家に一本の電話がかかってきたという。電話の主は夏目雅子自身だった。

「私はモデル上がるの女優の卵ですが、松恵の役をどうしてもやりたいのです。ぜひ、私にやらせてください。これからすぐ、お宅にうかがいます」

そう言って電話を切ると、十分後には五社邸に夏目が現われる。

直接の交渉は受けない方針の五社は「帰れ」と言おうとする。が、その直前、夏目は『鬼龍院』の台本を土間に置くと、その上に正座して両手をついた。

「このホンに、のりました」

その迫力は、五社に思案する暇を与えなかった。

                『鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)』より一部抜粋

 

 

夏目雅子が演ずるのは鬼龍院政五郎の義理の娘である松恵。この映画といえば、その松恵の『なめたら、なめたらいかんぜよッ!!』というセリフで有名です。しかし、実はこのセリフは台本にはなく、現場でのアドリブ。五社氏といえば、これまで任侠物や時代劇といった荒事を撮られてきた方で、「鬼龍院」のような情念的な文芸作品は撮れないだろうと東映映画にも言われており、監督を降板させようという動きもあったそうです。そんな屈辱が五社監督自身も脚本家の高田宏治さんに日々「なめたらいかんぜよ」という言葉を叫ばせ、松恵の叫びとなって映画に反映されたのです。

復帰作品で成功をおさめ、その後も次から次にヒット作を生み出すものの、1989年には食道ガンであることが判明してしまいます。が、ここでも吾郎さんが言うように五社氏のエンターテイナーぶりは発揮され、入院をしたというのにスタッフには海外旅行へ行くと言っていたそうです。というのも映画「226(1989年)」は撮り終えたものの、まだ編集作業etcは残っていたため、自分の病気を知ってしまうとスタッフがやりにくくなってしまうのではないかと危惧した五社氏は、行ったとされるオーストリアの知り合いに電話連絡を頼んでおき、日本にいながらオーストラリアにいるかのように装うハッタリの徹底ぶりを見せます。最早、五社氏にとっては生きていること自体がエンターテイメントなのかもしれません。

 

 

吾郎「新しいものもいいけれど、やっぱり古い映画も見直したりとか、見たことない人がほとんどだと思うんだよね。若い世代とか

春日「新しい発見あると思いますよ

吾郎「ありますよね

春日「今と全然違う文化の中で、でも人間の求めている情念であったりとか、ワクワクするものってそんなに変わらないと思うんですよ。それも本気で、とんでもなく本気でやっている人たちがいる世界ですから、それは心打つと思うんですよね。それは本当に皆さん、見てもらいたいですね

外山「熱い思いが伝わっていくもんなんですね

吾郎「感動しちゃったよ

 

 

ということで最後の山田くんの消しゴムハンコは、時代劇に熱い思いを抱く春日さんらしく、髷を結い、刀を持った姿の素敵な姿に。

編集で約20分ほどの収録になっていますが、実際には100分ほど、お互いにスイングして楽しい収録になったらしく、春日さんのTwitterでは情報解禁後から放送終了後に吾郎さんとのコメントについてツイートしてくださいましたので、それらをご紹介。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

www.bookbang.jp 

というわけで、公式HPにも番組の感想をお願いします⇒『ゴロウ・デラックス』ご意見・ご感想大募集!| TBS